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🏠夜の空を、彼女は今日も飛んでいる🪽

彼女が一日中、ベッドの上で生活するようになって、気づけば一年以上が過ぎた。
住み慣れたお家で、
ご主人の思いやりに満ちた介護のおかげで、
変わらず四季を感じながら過ごされている。
そんな彼女は、今年、年女。
お正月にはご夫婦そろって和装に身を包み、
晴れやかな気持ちで新年を迎えていたのだと、ご主人が懐かしそうに話してくれた。
──お年玉。
今では「子どもに渡すお金」というイメージが強いけれど、もともとは、年のはじめに訪れる“年神さま”から一年を生き抜く力を分けてもらう、いのちを祝う贈りものだったと言われている。
お餅を分け合い、
「今年も元気で過ごせますように」と願う、
そんな祈りのかたち。
新年が明け、彼女の訪問看護にうかがうと、
枕元に、そっと置かれたお年玉袋が目に入った。
数年前から、「気分だけでもね」と続けているご主人の心づかいだ。
彼女は、ちゃんとその瞬間を生きている。
「お年玉、うれしいですね」と声をかけると、
にっこり笑って、こんな返事が返ってきた。
「そうなの。でもね、お買い物に行きたくても行けないから、頭の中で想像しているの」
(じゃあ、私も仲間に入れてください。
一緒にショッピングに行って、お昼はデパートの屋上で、おいしいものを食べましょう)
「でも、デパートは無くなってしまったじゃない」(ええ!? それ、よくご存じで…)
その後も彼女の言葉は冴えていて、訪問のたびに、こちらの心をつかまれてしまう。
そんなやりとりを、
少し離れたところから、
ご主人もやさしく笑って見ている。
──あ、そうだった。
今年は年女。
彼女の年。
お年玉は、お金だけじゃない。
声をかけること。
一緒に笑うこと。
「生きている今」を、たしかめ合うこと。
それもきっと、
いのちを祝う“年玉”。
時々彼女は、
ベッドを抜け出して、
ピーターパンのように、
寝静まった夜の空を、
心地よく飛び回っているのかもしれない。
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